pikko’s blog

深い意味はありません

推しメンを応援し続けた8年間を振り返る

2021年5月22日、自分の推しメンであるGANG PARADEカミヤサキが最後のステージを中野サンプラザで終えて旅立っていった。

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2021年5月22日 中野サンプラザ "FOREVER GANG PARADE FOREVER"

2013年頃から追いかけたカミヤサキGANG PARADE、長くなるけど自分の中での要所を掻い摘んで思い出を残しておこうと思った。

 


 

2014年7月8日、自分はBiSの解散ライブを見るために横浜アリーナにいた。生でBiSを見たのがその日が最初で最後だった。

ライブの最後に解散するメンバーの進路が発表され、カミヤサキはソロで活動していたいずこねこの茉里と「プラニメ」というアイドルユニットを始めることが発表された。

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解散ライブ前に食べたクッキーについてきたおみくじ

 


 

2012年の12月、友達と音楽談義をしていたらでんぱ組.incを紹介され、Tokyo Idol Festival 2012の動画を延々と見させられていたらただの音楽好きがアイドルオタクなっていた。

 

2013年の6月2日、人生で初めてアイドルとチェキを撮った。東京でのきついイベント*1だった。当時茨城県に住んでいた自分は行こうか悩んだが、でんぱ沼に引き込んだ友人(当時愛知県住み)の「今俺がお前だったら間違いなく行ってる」という言葉に背中を押されて東京に向かった。

当日の混み具合なども含めると移動時間がかなりタイト*2なので、東京の土地勘がない自分には大変だった。

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2013年6月2日 でんぱのチェキこれしか撮ってない

 

2013年8月31日、6月に超頑張って買い集めたシングルのMV*3が公開された。

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この曲自体はとても彼女たちをありありと表していて名曲なのだが、自分はでんぱよりも敵対するグループとして出てきた別のアイドルに興味を持ってしまった。そのアイドルがBiSだった、というよりもカミヤサキに目が行った。高身長・面長・つり目・直線的な髪型、推しメンになる外見的要素が全て備わっていた*4

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MV中のカミヤサキ

 

曲を聴いてみたらどれもかっこよく、どんどんBiSを聴く割合が多くなっていた。当時はFlyをよく聴いていて今でもカラオケで歌う事が多い。

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2014年5月6日、自分を沼に引きずり混んだ友人たちと共にでんぱの初武道館に行った。

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2014年5月6日 日本武道館  ワールドワイド☆でんぱツアー2014 in 日本武道館~夢で終わらんよっ! ~

セトリ中盤のまさかの選曲に驚愕して友人と目を合わせ大声を上げた。でんぱが歌った曲がBiSの曲「IDOL」のカバーだった。アイドルだけでなく全アーティストの憧れの武道館で、それも初武道館で、オリジナル楽曲が歌える時間を削ってまでIDOLを歌った。この時BiSは武道館のステージを踏むことなく7月に卒業することが決まっていた。でんぱ組がBiSを武道館に連れてきてくれたこの瞬間は言葉にすることができない感動だった。

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武道館近くの駅に貼られたBiSの広告

 

BiSの曲の中にカミヤサキ作詞の「MMGK」という曲がある。彼女の前向きさや熱血的になる性格と、アイドルという職業の儚さや舞台に立つ者として意気込みが歌詞に詰め込まれた名曲で、自分はBiSの曲でこれが一番好きだ。

作った自分を演じて
理想遠くて無理してる
それでも魔法がかかった気がする

どんなことでもいいんだ
変われる材料探して
手当たりしだいにぶちこんで

それは間違いかもしれないし…
でもいこう 

僕にだってできるはず
我武者羅につかみとる
笑われても
何もまだ出来てない
無力な自分にでも
試す価値はある

いつにだってできるはず?
そんなだって時間ない
僕らには
苦しくって手を伸ばす
答えはきっとまだ先さ
超えて限界を

半端だな(これでいい?)
いままでだって そう
自己満だ(それでいい?)
ほんとは全然 no

怠慢だ(わかってるけど)
いつまでだって そう
手遅れだ(引き返せない)
進んでしまった もう

youtu.be

 

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解散直前の写真展「遺影でイェーイ!」

 

2014年7月8日、一度はライブに行きたいと思っていたらとうとう解散ライブになってしまった。合コン的な何かで出会った人がプー・ルイの元同級生で、その縁で解散ライブの席を用意してもらった。なので解散ライブのチケットを持ってない。

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2014年7月8日 横浜アリーナのそばに準備されたBiSの祭壇

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2014年7月8日 横浜アリーナ  BiS解散LIVE "BiSなりの武道館"

こんなに楽しいのに今日で最後なのかと、初めて生で聴けた曲がもう二度と聴けないのかと、悲しくなりながら遠くのステージで歌い踊る米粒みたいなBiS見ていた。

セトリの終盤、「レリビ」で何かが弾けた。メンバーが観客の元へと会場を駆け回った。横浜アリーナ中に観客の歓声とコールが響き渡り、最後にBiSに触れようと観客が通路側へ押し寄せた。全然BiSのことを知らない自分なのに胸が突き動かされて席を飛び出してもみくちゃになっていた。

そしてラストはBiSを脱退した元メンバーやマネージャーもステージにあがり、キラーチューンの「nerve」。横浜アリーナが大きなひとかたまりのうねりになって、そして弾けていった。

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本当だった。素敵な時間だった。

 


 

2014年8月2日、カミヤサキの新グループ「プラニメ」のお披露目はTokyo Idol Festivalだった。その日はどうしても予定を空けられずTwitterで様子を追っていたが、プラニメが観客に大きなインパクトを残したのはわかった。TIFで披露されたファーストシングルの「Plastic 2 Mercy」はBiSを知ってる人にも知らない人にも受け入れてもらえるEDM調のめちゃめちゃ盛り上がる曲で、以後ライブでは必ずと言っていいほど歌われるグループのアンセムになっている。

www.youtube.com

 

2014年9月30日、初めてカミヤサキ接触*5に行った。「Plastic 2 Mercy」のリリイベ*6だった。CDを山のように買うオタク、アイドルのコスプレ*7、生誕企画、イラスト入りケーキのプレゼント、有志によるサイリウムやクラッカーの配布など。オタクってこれか、と感じることが多い一日だった。

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もらったクラッカーとサイリウム

 

2015年1月10日、代官山UNITでプラニメのワンマンライブ「プラニメ SAY HOW RAW!?」があった。二人しかステージにいないのにめちゃくちゃパワーを感じた。マリちゃん渾身のBeautiful Worldと、終わりのような始まりのような不思議な気持ちになるLetterが印象に残っている。まだまだ始まったばかり、これからだ、そう思った。

 

2015年4月1日、方向性の違いによりミズタマリが卒業を発表した。終わった。

お知らせ | ミズタマリのタマリば

 

2015年5月27日*8、「BiSをもう一度始める」と作られたBiSHのリリースイベントに行った。「"もう一度"ってふざけるなよ」と思いつつも結局行き、だけどBiSのTシャツを着ていくというイタいオタクだった。

 

2015年5月31日、ミズタマリが脱退した。最後を見送りたかったけど高松は流石に遠いと行かなかった。行けばよかった、後悔している。お披露目を見れなかった後悔は一瞬で忘れるけどラストステージを見れなかった後悔はずっと残る。

カミヤサキとミズタマリは方向性の違いで解散したけど仲違いではなかった。良かったけど、やっぱり寂しい。

サヨナラまたいつかどこかであいましょう | ミズタマリのタマリば

サヨナラ またいつか
どこかで あいましょう
サヨナラ 悲しいかな?
まだ知らないキモチ

2015.5.31 プラニメ 11.「letter」高松Monster マリちゃんラストライブ

 


 

2015年8月7,8日、ミズタマリの脱退後「POP」と改名し新メンバー4人を加えての初シングル「pretty pretty good」のリリイベに行った。Plastic 2 Mercyイズムを感じる楽曲で、あぁやっぱり自分はこのグループが好きだ、ついていこう、そう思った。

www.youtube.com

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2015年8月8日 タワレコ渋谷屋上  懐かしいな

 

2015年8月9日、カミヤサキの無期限活動休止が発表された。「度重なる禁止事項に抵触した」とのことだった。未だに明確な理由はよく知らない。

 

2015年9月12日、青森県にいた。ロックフェス「夏の魔物」にBiSのラストメンバー全員とBiSHが出演するからだ。

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夏の魔物 2015

前日に自分はスマホを水没で壊してしまっていたので友人のお下がりiPhoneを借り、コンビニなどの無料Wi-Fiのみで凌ぐ旅だった。スマホ水没のゴタゴタのせいで夜行バスに乗れず、急遽新幹線のチケットに変更したため出費が嵩んで辛かった。

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2015年9月12日 青森県夜越山  カミヤサキがいないPOP

4人はPOPとしてのステージをやりきっていた。輝いていた。しかしグループの柱であるカミヤサキはいなかった。やりきれない気持ちでステージを見ていた。

夜にはBiSHのステージがあり「解散したときのメンバーが全員いたみたいですね」「もう終わってるBiSを封印するためここに来ました」「BiS、お前らはもう死んでいる」の煽りと共にBiSのnerveが流れてBiSHのステージが始まった。BiSの思い出にすがってないで次に行けよというメッセージにも取れなくはないけど、正直思い出にケチをつけられたような気がして受け入れられなかった。多分このあたりからBiSHが苦手になってしまったんだと思う。

 

2015年11月24日、カミヤサキを入れての新曲「Happy Lucky Kirakira Lucky」のMVが公開された。え、まだカミヤサキ戻ってきてないのに??

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でんぱも好きだったので悪くないと思ったが、Plastic 2 Mercyやpretty pretty goodのようなハードな曲が好きだったので「なんでこんなキラキラな曲なんだろ…」とちょっと戸惑ったのを覚えている。自分以外にも「でんぱじゃん!」ってツイートしている人が多かった。

ちなみにこの曲はメンバーのユメノユア作詞で、とにかくこの時期辛かった反動もあって書いたという話は後々知った。

POP、1stシングル『Happy Lucky Kirakira Lucky』の予約配信スタート&メンバー・インタビュー掲載 - OTOTOY

 

2015年12月5日(4日)、富士急ハイランドから100Km離れたライブ会場の下北沢SHELTERへ24時間以内にたどり着ければそのままライブに出演してPOPへの復帰、というカミヤサキのマラソン企画*9が無事成功し彼女は復帰した。

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2015年12月5日 8:57

人波に押されていたら最前*10ゼロズレ*11でこのライブを見れた。元に戻るんだ、もうやきもきした気持ちでグループを見なくていいんだ、と安心した。

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2015年12月5日 下北沢SHELTER  "COME BACK MY..."

 

2016年3月7日、 次のシングル「QUEEN OF POP」のMVが公開された。ポジティブでライブで聴くととても美しく、アイドルらしいキラキラした曲なのだが、とにかくMVがひどくてだめだった。未だにMVをまともに見れてないのでMVの全容をまだ知らないが、信じられないくらいに再生回数が低いことは知っている。恥ずかしくて人に見せられない。アイドルオタクがアイドルを説教したりするの本当に最悪な態度だと思うんだけど、この時だけはちょっとその気持がわかった。さすがにメンバーに当たるような厚顔無恥なことしなかったけど。

POP『QUEEN OF POP』インタビュー | Special | Billboard JAPAN

 


 

2016年6月17日、POPがGANG PARADEに改名し、7月に新曲のMVが公開された。このときの感想は正直あまりなくて「おお…」くらいしか思ってなかった。

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2016年8月7日、TIFでシグサワアオが脱退した。アオへのカミヤサキの言葉がありきたりな「今までありがとう、辞めても頑張って」じゃなかったことが嬉しかった。彼女の正直な気持ちがしれて嬉しかった。

 そんなシグサワの肩をグッと抱き寄せたカミヤ。「今日、このSKY STAGEを持ちましてメンバー・シグサワアオが脱退します。私は正直、シグサワアオの辞める理由である、親の応援が十分に得られなかったということを全くもって、ごめんなさい、理解できません。こんなことで辞めてしまうのかって許せない気持ちでいっぱいです。すみません。私は今も、そしてこの後の活動でも、アオに辞めた事を後悔させたいと思います」(涙ぐみながら黙って頷くシグサワ)「皆さんも今日この場所でアオに辞めることを後悔させようじゃないですか! 最高にハッピーなところを見せつけて後悔させてやりましょー!!!」

POP改めギャンパレ TIF生還! 5人体制最後のステージで炸裂した青春「みんなにしあわせになってほしい」 | Daily News | Billboard JAPAN

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2016年8月7日  シグサワアオ脱退

 

2016年10月1日、もうひとり辞めた。5人が3人になってしまった。

いつも応援してくださっている皆様へ | イヌカイマアヤ オフィシャルブログ「イヌカイの «おさんぽ日和»」Powered by Ameba

 

2016年10月2日、ツアーで新メンバーが加入した。ダンスができて振り付けもできて歌もうまい、前世がないのにベテランのように堂々としててなによりかわいい、(親も)ツワモノだった。

GANG PARADE、新メンバーインタヴュー キャン・マイカ「私が消極的になりすぎちゃうと入る意味がない」 - OTOTOY

いつの間にか彼女は"救世主"と呼ばれていたが確かに彼女はギャンパレを救ってくれた。でも正直このときはギャンパレへの熱意はほぼなかった。うやむやなメンバー脱退はやはり心的ダメージが大きい。

 

2016年10月6日、急に新メンバーが3人も加入した。同事務所の別グループであるBiSを始めるオーディションの最終選考で落ちた3人*12だ。

正直3人に期待している人はあまりいなかった。

確かジュンジュンから加入提案の話がカミヤサキに行った時「面白そう」と言った*13らしい。他のメンバーユメノユアとヤママチミキはネガティブな気持ちだったと後に語っている。カミヤはポジティブすぎる、それがいいとこなんだけど。

 

2017年3月10日、7人体制になって初の新曲「FOUL」のMVが発表された。BODY&7SOUL。5人体制最初の曲「pretty pretty good」のMVを思い起こされるようなロケ地、決意を思わせるメンバー全員による作詞。自分がGANG PARADEに戻ってきた。

どうか世界 輝け
絶対届くと信じて
不確かな 未来抱いて
どこに向かい 明日になんだ?
空中を 自由に舞うので ずっと見てて

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それはそうとMVのラストにカミヤサキが坊主になった。遊び人*14界隈に衝撃が走った。カミヤサキ、ポジティブすぎる。

カミヤサキ:いや、あんまり……。活動の中で迷うことはあっても、坊主に関しては迷わなかったですね。社長から電話がきて「お前、髪の毛大事?」って言われて、「髪の毛っすか?もしかして坊主ですか?」って聞いたら「そうだよ、お前ならやってくれるかな」って言われて「あ、全然やりますよ」って感じでしたね

事務所社長から「坊主にしてくれ」と言われて快諾したアイドル – ニッポン放送 NEWS ONLINE

なんだかんだ本人は坊主頭をとても気に入り、GANG PARADEを辞めるまで再び伸ばすことはなかった。彼女の活躍もありカミヤサキはアイドル界のイケメン坊主としてアイコン的存在になって…いたのかもしれない。そういえば水曜日のダウンタウンカミヤサキが映った時にちょっとだけ"あの坊主頭は何者!?"と話題になっていた。

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2019年12月25日 水曜日のダウンタウン  確かに目立つ

 

2017年4月2日、事務所WACKの合同オーディションイベントの最終日に、GANG PARADEのカミヤサキとBiSのアヤ・エイトプリンスのレンタルトレードが決まった。なんでカミヤがいなくなるんだ、なんでトレード相手がプー・ルイじゃなくて加入したばかりのアヤなんだ。

 

2017年4月末、カミヤサキはBiSにトレード移籍した。

 

自分はカミヤについてBiSに行かずGANG PARADEに通い続けた。どうせ戻ってくるし、というのもあったしカミヤサキが作ったグループを応援し続けたいとも思っていた。

 

ココ、ユユ、ドクソンの加入当時の自分は拒否感がひどかったけど1年経ったら完全に受け入れていた。マイナスからスタートできる程負けん気が強かった3人はGANG PARADEにとても合っていて、今では代えのきかないメンバーになっている。加入は間違いなく大正解だった。

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2017年7月24日 タワレコ新宿  なんの曲の振りかわかるかな

 

そういえばWACK内でのシャッフルユニットもあった。これも聴いて。

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2017年10月19日 タワレコ新宿  二度とこんな豪華なユニットは出てこない

 

2017年11月20日、アヤプリを迎えてのワンマンが開催された。カミヤサキがいないギャンパレを褒めるのちょっと申し訳なかったけどとても良かった。カミヤサキは戻ってきてほしいけど坊主の人はいないほうがいいんじゃない?とも思っていた。おい。

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2017年11月20日 渋谷LIQUID ROOM  "GANG PARADE takes themselves higher!!"

 

2017年12月8日、Zepp DiverCity TOKYOで事務所グループの合同ライブ「WACKのフェス」が開催された。BiSのカミヤサキを生でちゃんと見たのはこれが最初かもしれない。ギャンパレはダンスは事務所イチと自他共に言われていたが、やっぱりカミヤサキのパフォーマンス力は他のメンバーと比べても段違いでBiSに取られたのが悔しかった。

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2017年12月8日 BiSのカミヤサキかっこよすぎる

そしてイベントのラスト、2017年9月末までだったのが無期限に延びたカミヤとアヤのレンタルトレードの終了発表された。期日は2018年3月3日、3月4日に行われるBiS国技館公演の直前だった。カミヤサキはBiSとして国技館を迎えることなくGANG PARADEに戻ることになった。

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2017年12月8日 カミヤサキとアヤ・エイトプリンスのレンタルトレード終了が報告された

自分はすぐに受け入れられなかった。会場の大きなざわめきに対してジュンジュンが「お前らめんどくせーんだよwトレードするなって言ったり戻すなって言ったりw」と言った*15。BiSのことをちゃんと知らないので偉そうなことは言えないけど、アヤプリを幸せにできるのはBiSではなくギャンパレだと信じていた。BiSのカミヤサキが輝いていたことも知っていたけど、戻ってきほしくもあり複雑だった。カミヤサキが発表を聞いて泣いたことの理由はわからないけど、それだけ当時活動していたBiSに本気だったんだと思う。

 

2018年2月23日、当時の体制最後のワンマン「GANG PARADE BREAKING THE ROAD TOUR FINAL “MAKING THE ROAD”」が開催された。アヤがいるギャンパレ最後のシングル「BREAKING THE ROAD」のジャケットを意識した登場、そして「Beyond the Mountain」でもう自分はだめだった、泣きそうだった。

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2018年2月23日 マイナビBLITZ赤坂  “MAKING THE ROAD”

「Beyond the Mountain」はカミヤサキがいないGANG PARADE初のシングルだった。メンバーも参加した作詞はかなり意味深で遊び人の間でも話題だった。

あと数ヶ月で君が現れる
こんなことが信じられるのかい

気づけばひとりぼっち
気づけばいなくなって
気づけばいなくなってんだ

僕らここに立って
いたって
待ってたって
誰もきやしなくて
待って待って
ずっと待ってたって
だけどずっと待ってるんだ

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この旅を続けられたら
何がしたい ずっと きっと もっと
笑顔見せるから
この歌をつづけていられたのなら
今よりも誰よりも高く

ここでGANG PARADEとしての旅を終えるけど、確かにアヤ・エイトプリンスはGANG PARADEのメンバーだった。

後に発売されるシングル「GANG 2」の初回限定盤にはこのライブ映像がついてきた*16。特典映像の中には、ドクソンが「アヤ、行くの?アヤ、行かないで。」と抱きつくも何も言えないアヤが涙を流しているシーンがあった。

GANG 2 [CD+DVD](初回限定盤)

GANG 2 [CD+DVD](初回限定盤)

  • アーティスト:GANG PARADE
  • 発売日: 2018/05/29
  • メディア: CD
 

 

2018年3月3日、レンタルトレードは終了した。翌日の3月4日、BiSの国技館公演でレンタルトレード終了のステージが行われる。

 

2018年3月4日、カミヤサキが帰ってきた。アヤ最後のGANG PARADEとして「Beyond the Mountain」を、その後にカミヤサキが戻ってきてのGANG PARADEとして「FOUL」を歌った。

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2018年3月4日 両国国技館  終わりと再出発

2曲の間、アヤとカミヤサキがハイタッチと握手をして交代していった。ふたりはそれぞれのグループでの活動を全うしお互いに感謝して戻っていく。ふたりのやりとりでずっともやもやしていた何かが昇華されていった。

 

2018年4月16日、3月末に行われた事務所合同オーディションで加入した二人も参加したシングル「GANG 2」のMVが公開された。今までに多かった明るく楽しくポジティブで前向きな曲とは明らかに趣向が違った。今までのグループの歴史が振り付けに盛り込まれていた。ただかっこいいだけじゃなくて重かった、意味のある重さだった。

www.youtube.com

 

2018年4月17日、新体制でのワンマンライブ「GANG 2」がZepp DiverCity TOKYOで行われた。カミヤサキのダンスが群を抜いてキレがあったのを覚えている。こんなにすごい人だったことなんで忘れてしまっていたんだろう。

そしてもう新メンバーが加入することに抵抗はなかった。誰も拒むことなくパレードのようにどんどん連なっていくギャンパレが好きだったから。

 

2018年9月20日、「GANG PARADE REBUILD TOUR」ファイナル。4月にはまだ頼りなかった新メンバーもすっかり一人前になり9人のギャンパレの再構築は完成してたと思う。

GANG PARADEの迷走期は終わっていた。新曲の歌詞のようにグループとファンとの物語を作っていくステージにいた。

続きはもっと
大勢で見ていきたいな
こぼれ落ちそうなほど幸せをもっと
行き先はそう
あんなにも遠くにあるんだね?
ワクワクしたりして
歩いていこうね

www.youtube.com

 

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2019年1月8日発売のアルバムのポスター 結構好き

2019年1月10日、事務所のグループ合同ツアーの初日にGANG PARADEのメジャーデビューが発表された。前身のプラニメを2014年に結成してから約5年、アイドルとしてはかなり時間のかかったメジャーデビューだった。何度も足踏みと後退を繰り返していたギャンパレがようやく掴み取ったメジャーデビューは格別の喜びだった。今までバックアップを続けてくれたTパレことT-Palette Recordsも暖かく送り出してくれた。

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トレンド入り

 

2019年4月20日、メジャー1stシングル「ブランニューパレード」のリリースを記念して都内近郊のTOWER RECORDに散って「ギャンパレ999」というイベントを行った。メジャーすご。イベントでカミヤサキが自身がいなかった頃のギャンパレの衣装を着た。パラレル世界でのギャンパレも見てみたかった。

 

2019年5月26日、3月末に加入したメンバーが参加したワンマンライブ「CHALLENGE the LIMIT TOUR」の日比谷野外音楽堂公演が行われた。ギャンパレ初見の大学の同期と一緒に行ったら”楽しかった”と言ってくれて嬉しかった。

 

2019年11月4日、PARADE GOES ON TOURファイナル。マーチングバンドを模した入場で華やかに始まりこれぞギャンパレという多幸感あふれるライブだったが、アンコール前にモニターで流れた映像で会場が凍った。多幸感あふれるライブとは真逆の、メンバー一人ひとりが涙ながらに現状を吐露している辛すぎる映像だった。そして映像が流れ終わり静まり返った場内にメンバーが再入場しカミヤサキが挨拶をした。「人生において越えていけないものはないと、GANG PARADEの活動をもって証明します。」と前向きな締めで最後に「CAN'T STOP」を歌って終わった。

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2019年11月4日 中野サンプラザ  "PARADE GOES ON TOUR"

そして2020年の春にホールツアーを行うことが発表された。楽しいこととわけわからないことと嬉しいことが同時に起きて動揺したことは覚えている、一番複雑なライブ帰りだった。

 

2019年11月12日、GANG PARADEとBiSの合同リリイベがあった。見ていて美しかった。

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2019年11月12日 川崎クラブチッタ  らびゅ

 

2020年1月3日、事務所の合同ライブでカミヤサキが脱退を発表した。

この度私カミヤサキ
5/22 MY FIRST HALL TOUR中野サンプラザ公演を持ってGANG PARADEを脱退します。

GANG PARADEは2014年BiSの解散以降、自身が始めたいとスタートしたグループでした。
右も左もわからなく、うまくいかない事も多い中、ここまで続けることができ、少しずつ夢を叶えることができたのは、
日頃から応援してくださる皆さんの支えと力のおかげです。
それにも関わらず、途中で投げ出すような決断をしてしまったこと、申し訳なく思っています。

レンタルトレード終了後
年月を追う毎にかつてのようなエネルギーをもってGANG PARADEを引っ張っていくことができなくなっていた自分に、
自分がいることがGANG PARADEにとって本当に最善なのか?と考える時間が増えていきました。

悩んでいる自分に対してメンバーや渡辺さん、スタッフさんは辞める事を引き止めてくれましたが、
好奇心や闘争心に溢れたメンバーをみて
GANG PARADEはもう、自分のグループではなく、みんなのグループであり、みんなが作っていくGANG PARADEを見守っていく立場になりたいと、
後輩たちにバトンタッチすべきだと思い、脱退という決断をさせていただきました。

アイドル活動約7年間で得た記憶や思い出、
メンバーや、GANG PARADE、スタッフさん、WACKの子たち、遊び人、これまでの活動を通して出会えた全ての皆さんとの時間は人生において、かけがえのないもので、一生大切な宝物です。

普通では到底できない経験を沢山させて頂きましたし、ここまで続けられたのは皆さんのおかげであり、
決して皆さんの力が足りなくなったから辞めるわけではなく、自分の力不足です。
皆さんとの出会いがわたしを強くしてくれました。
本当にありがとうございます。
愛しています。

5/22までの期間、
WACKで回るツアーやギャンパレホールツアーなど、全国各地の皆さんに会いに行ける機会をたくさんいただきました。

皆さんからこれまで頂いた気持ちをお返しできるよう、
そしてGANG PARADEをさらなる高みへ連れて行けるよう、
カミヤサキとしてステージに立つ最後の瞬間まで精一杯、残りのパワーを出し切りたいと思っています。

GANG PARADEは続きます。
最後の役目として、GANG PARADEのこの先の未来へつながる5ヶ月間を作って行きます。

最後までよろしくお願いします。
そしてこれからもGANG PARADEをよろしくお願いします。

カミヤサキ脱退のお知らせ | GANGPARADE

 

2020年2月20日、ハルナ・バッ・チーンが何も言わずに脱退した。

遊び人の皆さま

いつもGANG PARADEを応援いただき誠にありがとうございます。

メンバーのハルナ・バッ・チーンにつきまして、
先程本人から「本日付けで脱退したい」との連絡を受け、
事務所としましても今後の活動が困難であると判断し、
本日をもってGANG PARADEを脱退する運びとなりました。

本日以降のイベントに関しましては、9人での出演となります。

遊び人の皆様、関係者の皆様には突然の発表となりましたこと、
心よりお詫び申し上げます。

今後ともGANG PARADEへの応援、何卒よろしくお願い申し上げます。

ハルナ・バッ・チーン脱退のお知らせ | GANGPARADE

 

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2020年2月26日 コロナの影響が出始めていた

 

2020年3月17日、「WACKとワーナー、始めます。」という謎の煽り文句と共にCD「GP?」がゲリラ販売された。

 6曲入っているCDをよく聴くと気づくことがあった。前半3曲と後半3曲で歌ってるメンバーが違うこと、後半3曲には2月20日に脱退したはずのハルナ・バッ・チーンの声があること、カミヤサキの声がないこと。

 

2020年3月28日、事務所の合同オーディションの最終日に答え合わせがあった。GANG PARADEが2つのグループに分裂することがアナウンスされた。GANG PARADEがなくなるのか、またもとに戻るのか、メンバーたちが詳しいことを避けて話しているのが気になった。

 

結局コロナウイルス感染拡大防止のため、2020年5月22日に行われるはずだったカミヤサキのラストライブを含めGANG PARADE MY FIRST HALL TOURは全て中止になった。その代わりにカミヤサキのラストライブを実現するため、非常にシンプルかつ明瞭なクラウドファウンディングが始まった。

無事、目標金額2000万円を達成したあかつきには、
この状況が落ち着いた後、
中野サンプラザ或いは同規模の会場で、
GANG PARADEカミヤサキのラストライブ」
を提供させていただきたいと思っております。
また、もし支援総額3000万円を達成できた際は、
「希望する全ての方が生配信で観れる状況」
を作らせて頂きます。

資金の使い道
スペシャルライブ実施の為のステージセット・演出作成費及びライブ中止に伴い発生した費用の支払い。
GANG PARADEとして1日限り出演してくれるカミヤサキに支払う為の出演料。(支援総額2000万円達成時は500万円、支援総額3000万円達成時は750万円支払い致します。)
・支援総額3000万円達成時、ライブを生放送配信する為に必要な機材費及び放映料の支払い。

開催できなかったGANG PARADEカミヤサキの脱退ライブを開催したい。 - CAMPFIRE (キャンプファイヤー)

リターンの種類がたったの2つしかなかった。ラストライブのチケットが確実に買える権利が1800個限定で一口4500円、メッセージ動画が見れる権利は制限なしで1000円、この2つのみ。その上All-or-Nothing方式*17

(¥4,500円*1800)+(¥1,000*1800)=9,900,000円、脱退ライブに行ける1800人がチケットが買える権利とメッセージ動画を受け取れる権利を一口ずつ支援しただけでは半額にも達しない。つまりメッセージ動画だけで支援の輪を増やすか、既存の支援者が善意で支援額を上乗せするしかプロジェクトは成功しない設定だった。

アイドルのクラウドファウンディングは、グッズや接触のリターンを数多く用意するのが普通だ。ストイックすぎる。カミヤサキすぎる。

自分の不安はよそに徐々に支援額は増えていき、とうとう5月21日にクラウドファウンディングは目標金額に到達した。カミヤサキの今までの生き方が多くの人の支援を集めてくれたのだ。

 

2020年5月22日、本来は脱退ライブをするはずだった日にカミヤサキは予定を変えず脱退した。その代わりにニコニコ生放送カミヤサキの脱退特番が放送された。累計?視聴者数は4万人超え、予定通りライブはできなかったが数多くの人がカミヤサキの最後と振り付け師としてのスタートを見送ってくれた。

 


 

2021年4月8日、カミヤサキの脱退ライブが5月22日に決まった。

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FOREVER GANG PARADE FOREVER

 


 

2021年5月22日、自分は2部だった。

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コロナ禍はチケットのデジタル化を進めたけど少し寂しい

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最後の視界

カミヤサキ最後のライブが始まった。

この一年別々に活動していた9人が再び集まったことを見ることができるだけでも感無量だった。プラニメの1stシングルであるPlastic 2 Mercyから始まったライブは、今までのシングルをベースにしたセトリで走馬灯のように2014年からの思い出が蘇ってきた。

活動休止やレンタルトレードを考えると、実はカミヤサキGANG PARADEにいた期間は短く2期メンバーのヤママチミキやユメノユアの方がグループでの活動期間は長いかもしれない。しかし彼女の技術やマインドは二人を始め他のメンバーに脈々と受け継がれていた。一年間GANG PARADEとして活動をしていなかった9人だったのに、ずっと活動を続けていたかのように自然で力強くてかっこよかった。

GANG PARADEのライブは動画・静止画の撮影は許可されているので自分もカメラを持っていったのだが途中でカメラを持つのをやめた。最後を自分の目で見届けたかった。

アンコールの「CAN'T STOP」の後カミヤサキの挨拶があった。7年前に活動を始めるときに誓った言葉 "不安でも、蹴り上げて飛べ" を歌詞に込めた話。ずっと彼女はポジティブシンキングだった。ステージ上で彼女のネガティブな言動は聞いたことがなかった。

そしてカミヤサキの「愛してるぜ、GANG PARADE!」の絶叫とともに最後のPlastic 2 Mercyが始まった。2014年に始まった彼女の活動が今まさに終わろうとしている、歌った言葉も踊った振りも、他のメンバーとの目配せも、もう二度と見ることはできない、そう思うと目に涙が溢れて半分過呼吸になっていた。メンバーもみな涙目で、声を震わせながら歌っているメンバーもいた。

最後に9人が手をつなぎ「BODY&9SOUL!!」と叫び、ライブが終わった。最後に流れていた音楽はPlastic 2 Mercyのカップリング曲「too misery」のインストだった。

 


 

なんて話をまとめたらいいのかわからないけど、間違いなく言えることはカミヤサキとこのグループを応援した8年間はかけがえのないものだったということ。

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GANG PARADE*18

 

*1:でんぱのメンバー6人が山手線近辺のCDショップ6店舗に一日店員として散り、それぞれのレジでCDを買ってスタンプを6つ集めたら全員とチェキが撮れてミニライブが見れるという「大変だけどオタクなら来るやろ」感あふれるイベント

*2:当日は予定がかなり押してメンバーがCDショップに滞在する時間も後ろ倒すなどスケジュール変更があった

*3:当時ファンクラブに入ってたのでエキストラの募集も知っていたのだが忙しかったので見送ってしまったことを今でも後悔している、あと信じられないほどにオタクが写り込んでいる

*4:ちなみにでんぱは相沢梨紗推し

*5:チェキ会や握手会など、直接触れ合うことができるイベントの通称

*6:CDのリリース時にCDショップやライブハウスで行われるイベント

*7:ラニメの二人はコスプレイヤーでもあり、イベントでコスプレをすることが多くこの時はキルラキルだった

*8:どうでもいいプチ情報だが星野源も同じフロアに来ていてSUNのパネルにサインをしていた

*9:この事務所はやたらアイドルが走る、無理やりドラマを作るには長距離走らせるのが一番だと某24時間テレビも言っている

*10:一番前の席

*11:推しメンの立ち位置の真正面、推しメンとのズレがゼロであること

*12:しかも最終選考で落ちた後にBiSのライバルグループのSiSとして活動を開始したが即解散した3人

*13:めちゃくちゃソース探したけど見つからない…脳内補正だったら申し訳ない

*14:GANG PARADEファンの総称

*15:正確な言葉は覚えてないが、ほぼこれと同義のことを言っていた

*16:驚きだがGANG PARADEはここまでのワンマンライブは映像化されておらず、CDのおまけでついてきたこのライブが初の映像化だったと思う

*17:目標金額に達成しなければ支援者に全額返金

*18:【LIVE REPORT】GANG PARADE、カミヤサキ脱退ライヴ「愛してるぞ! GANG PARADE!」 | StoryWriter